黒部川第四発電所(黒部旅行2日目その4)
先述の通り、ここは黒部川第四発電所建設時に作られた場所。
今までの上部軌道に比べると格段にきれいです。と言っても昭和30年台に出来てますので、かなり昭和30年代チック。
でもこれが地下200mとは言われなければ全く気になりません。
発電所に入るとまず、「PR室」と言う会議室チックな部屋で黒四建設のPRビデオを観賞。
部屋に一角にはこんな展示も。
ビデオを見終えると、いよいよ発電機とご対面。
これが発電機がある部屋です。
地下200mにこんな空間が....。
無駄に広く作っているように見えますが、発電用のローターや水車はメンテナンス時は上から引っこ抜く必要があるので、この高さが必要になります。
地下にあるのは国立公園の中なので、景観保護が必要なのと、黒部一帯が豪雪地帯且つ雪崩が頻繁に起きるため、発電所をそれらから守るのは山の中に作るしかないのです。
これが発電機。
この発電機が4基並んでおり最大330000kwを発電します。
こちらが実際に使用した水車。
壊れてはいけないので、削りだしの一体構造。
高落差に適しているペルトン水車です。
管制室は今では基本的に遠隔制御の為、無人。
この時の発電量は30万キロワット。
最高33万キロワットですから、ほぼフル稼働で発電中。
階を降りて、水車の部屋へ。
水車そのものは見えませんが、シャフトを見学することが出来ます。
恐ろしいスピードでシャフトが回転中。音もかなりスゴイです。
玄関にはくろよんプロジェクトの最高責任者である当時の関西電力の社長、太田垣士郎氏のレリーフが飾られてます。
「黒部の太陽」をご存知の方なら知ってますよね。
石原裕次郎の映画なら滝沢修さん、香取慎吾のドラマ版なら中村敦夫さんが演じている方です。
黒四に社運をかけ、惜しむことなく資金を投入し、関電トンネルが破砕帯に直面し工事が暗礁に乗り上げたときは社長自ら工事現場の最前線に出向き、作業員を激励し、完成に尽力したのは有名な話。
レリーフの横にはくろよん建設を決断したときの言葉が彫られてます。
経営者が十割の自信をもって取りかかる事業、そんなものは仕事のうちには入らない
七割成功の見通しがあったら勇断をもって実行する
それでなければ本当の事業はやれるものじゃない
黒部は是非とも開発しなけりゃならん山だ
なかなかコレを言える社長、いないよね。
この決断がなければくろよんは建設されなかったわけで、戦後の電力不足はさらに逼迫したことでしょう。
まさに今、こう言うリーダーが日本には必要なんでしょうけど。
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